ゆとり主婦のタワゴト

20代後半の主婦です。日々思うこと、頭の中のこと、文書にしてすっきり自己主張したいとおもいます。

20代後半、千葉県在住の主婦です! これまでの生活の中で感じたこと、日々のことを書いています☆

子どもが13歳くらいになったら、、

同級生にも子供のいる子が増えてきた。私自身はまだだが、子供好きなので友人たちに子供ができることは嬉しい。

しかし、 溺愛中、かわいい、天才、〇〇ママ、、、といった類のタグをつけまくり、いつまでたっても子供の名前の由来やらなんやらを寝相アート共に披露している世のお母様方。

もちろんかわいいし、十分に気持ちもわかるつもりだが、子供が成長して、お母さんが自分についてのポエムを世界に発信していたと知ったら、ハードな思春期を迎えはしないだろうか。少なくとも私は、自分の親がそうだったらと考えたら、、、 いやだ。

ついでに、女優の顔をアップして、似てるって言われる〜とかスノーで自撮りしているのも発見したらトドメの攻撃としては抜群の破壊力。

自分が子供の頃、母親が私の友人を褒めればその子のお母さんは謙遜して居たし、逆もそうであったと思う。

「デパートに行くとね、すごく可愛いあかちゃんが来たって店員のお姉さんたちが喜んで、他のフロアからも店員さんたちが見に来たのよ」なんていうエピソードを、成長してからふと聞かされた時はとても嬉しかった。もちろん、成長記録としては便利なものだが、ぜひ大きくなった息子や娘本人からいいねを多く獲得してもらいたい。

2/14のなぞ

バレンタインに本当に告白している人はいるのだろうか。中学生くらいまでなら大事な行事なのだろうか。あいにく私はそうでもなかったので、こんなつまらないことを考える。

 

 

職場の女子3人で男性陣14名ほどにチョコをあげた。私は週に数日の派遣社員で、中にはほとんど関わりのない男性も数人いる。そんな中での1人2500円ほどの出費はなかなか痛い。ここまでしっかりとバレンタインをやる会社も初めてだったが、もちろんノーとはいえない。みなさんとても優しい方がたで、喜んでもらえたので良かったのだが。

 


最近は年賀状の交換ですら職場や上司による。会社において、年賀状、節分の豆まきはスルーしてオッケーなのに、なぜバレンタインは盛大なのだろう。ホワイトデーがこれに見合った盛り上がりを見せているとは思えない。甘いものはイマイチ、なんて男性も多い。年末に52円を払って、テンプレ文章を機械的に書く、日本古来の行事を強制してもらったほうが、ありがたいのは私だけか。バレンタインは大学生まで!なんてルールができないだろうか。

 


 

好きではない言葉

どちらかおでかけですか?

 

今年プレだからねー見学に行くの。 

 

???

 


近所のちびっ子は来年から幼稚園に入るそうで、今の年齢のことをママ界のなかでは「プレ」と呼ぶそうです。つまり、このお母さんは、

「来年から幼稚園に入る為の準備として今日は幼稚園の見学にいく」

ということを言っていました。いやいや、それ万人に通じると思われちゃー困ります。

 

 

他にも、プレママ、プレ花嫁、とか、あるいは世田谷ママ、とか女子の世界って大人になってもなんだか頭のよくなさそうな言葉があっ!という間に広まりますよね。


プレママに至っては、いやもう妊娠の段階で一応お母さんだし、と思ってしまう。言葉の呪いってあると思うし、プレだから〜という理由で言い訳がきいちゃうような気がします。

 

少し前だと雑誌がこういった言葉の発信元だったと思うのですが、今はインスタですね。とくに、今までSNSをあまりやっていなかった子たちも子供ができた途端バンバン更新するようになりました。うーん、なんだかなあ。

 

これから子供を産んで育てていくであろう自分、今のご時世に対応してママ界でうまくやっていけるか、すでにちょっと不安になったりしてしまいます。

ダウンコート

新年のセール対象になっていたダウンコートを母に買ってもらいました。

ダウンコート、なかなか選ぶのに慎重になるモノの1つです。お手頃な値段のものを買うと、だんだんと羽が抜けてくるし、オバちゃんの地元着みたいになるのも嫌だし、どうせ買うならそれなりに長く使えるものを、と思い毎冬地道に探していました。

私としてはダウンっぽくない印象のダウンが理想だったので袖と裾にむかって思いっきりボリュームが出ていて、ドレッシーな印象のある今回購入したダウンは見た目にも良し。また雪が降っても手で払えば落ちる素材で、飽きがこないであろうデザインというのも決め手となりました。

 

この冬の始め、今回購入したコートを含む、2着ほどお気に入りに出会いました。しかし、高い。それなりのものを探していたわけなので高めのモノをみていたのだから、そりゃそうなのですが気軽に買える値段ではありませんでした。旦那的にも、ダウンコートはあまり好みじゃないようでこの値段だすならもっとかわいいの買ってよ、といったかんじ。

しかし、私は極度の寒がり&肩こりなので、本気でダウンを必要としていたのです。暖かくて軽いダウンを!

正月の帰省時、同じお店が地元仙台にもあったので母を連れていきました。好みの会う母からはかわいい!のお墨付きを頂いたもの、セールまで待とうという値段でしたので、年明けとともにそちらのお店の通販サイトをチェックしていました。そして気に入った2着のうち1着がちょうどセールになり、少しお安く(私には充分高いですが)手に入れることができたのです。

 

今季最強で最長の寒波が来るという予報の前に手に入れた、謎の熱量を注いで吟味してきたダウンコート、ぜひ活躍してもらいたいものです。

 

[恰好悪い大人]青春しておくって大事

こんにちは。案の定飽き症を発揮し、大して続けてもいないブログですでにお久しぶりの状況です。

 

一昨日、小学校時代からの友人と錦糸町にオープンした牛カツの店でランチをしてきました。(あんまり美味しくなかった…)思い出話に花を咲かせたばかりですので、今日は小学校の頃から続く、自身の友人関係について書いてみようと思います。

 

 

温室育ちのゆとり世代

 

私は小学校から地元の国立大学の附属に通っていました。

一応地元では良い学校とされているところで、母や親戚、弟も通いました。(受験はしますが、最終的に親が商店街のくじ引きのようなガラガラを回して、当たりが出たら入れる謎システムなので頭の良し悪しはそれほどです^^)

 

基本的にお母さんは専業主婦の家庭が多く、医者や弁護士のお家もたくさんありました。(現に、医者や弁護士になった友人も多いです)

まあわざわざ子供を地下鉄やバスで通学させるわけですから、教育ママまではいかなくとも、子育てに熱心な家庭の子たちの学校といったところでしょうか。

 

なぜか高校だけ無いので、みんな受験はしますが、ほとんどの友人と9年ほど一緒に過ごすことになります。

私は今年27になりますが、当時の小学校としてはめずらしく総合学習や秋休みがあったり、公開研究会と呼ばれる日には市内の先生方が授業を見に来ていました。運動会もわりと盛大に行われ、市内の大きな講堂で合唱を発表する会もありました。

何より先生方が「君たちは附属生としての自覚を持って~~~」みたいなお説教の仕方をするので、子供ながらに多少の優越感?自意識?のようなものはずっと持っていたと思います。

 

そんなヌクヌクしたビニールハウスで育てられたので、ものすごーくエグいいじめや非行はありませんでした。中学に入ってもトイレにガムの包み紙が落ちていたら学年集会にてお説教、みたいな…。かつ、そこそこ賢い子供たちだったんだと思います。羽目をはずすにしてもぎりぎりのラインを探るというか、ローリスクローリターンをうまく狙うというか…。

まあ、あまりかわいい子供たちではなかったかもしれません。

 

 

 なぜ学生時代があるのか

 

私がこの学校に入ってよかったなと思うところは、今でも付き合うことのできる友人がたくさんできたこと。大学で上京してからも、地元の友人と遊んでいることのほうが断然多いです(笑)

 

10伝えたいときに4くらいまで話すと、だいたいみんな残りの6も正しく読みとってくれますし、価値観も似たり寄ったり。なので楽!!男の子たちも割と女の子のような感覚の子たちが多いのか、お茶しておしゃべりみたいな遊びだってできちゃいます。

 

お互い、身の回りで起きたことへの不平不満やギャップをもらしながら「うちらやっぱり温室育ちだったんだね…」と再認識しています。けど、私たちは温室育ちでよかったんだ、たくましく生きてきた人たちも素晴らしいと思うけど私たちはこっちでよかったよね、うんうん…といった自己肯定をしてお別れしています(笑)

 

母の代から先生方に「附属の子たちは卒業しても附属の子としか仲良くできない」と言われていたらしいのですが、大人になってその言葉をかみしめています。

あの頃作られた自意識、集団意識はジジババになっても消えないんだろうな。

 

もちろん井の中の蛙だという自覚はあるのですが、世界が自分たちを中心に回っていると思っていた、怖いものなんてなくて根拠のない自信に溢れていたあの頃。その思い出と仲間さえいれば、大人になって多少つらい出来事に見舞われたり、つまらない毎日に切なくなったときもなんとか乗り越えられるんです、本当に。

 

周りから見たら、私たちのおしゃべりなんて過去の栄光にすがった狭い世界での慰め合いかもしれないけれど、あの頃はこういった形で永遠になるんだと感じています。

だから、できるだけ若い子たちには小学校~高校くらいまでの学生時代は存分に謳歌してほしいですし、月並みですが友達を大切にしてもらいたいです。いつか社会の荒波にもまれたとき助けてくれるのは思い出と仲間だと。

 

 

痛くてダサいおっさん、おばさん

 

とくに就職して、いろんな大人を目の当たりにすると

 

「青春時代に青春しておく」

 

ことは本当に大切だと痛感します。

 

今の職場は、おじさん・おばさん達が遅れてやってきた青春にノリノリで、仕事場というよりサークルの延長みたいな働き方をしています。

 

毎日全員で欠かさずランチに行っているし、いかに楽をして手を抜くかに賭けているので、30歳の若造が副部長にタメ語で仕事を押し付け、副部長も嫌われたくないからヘラヘラ請け負う。

 

そのくせ、副部長の送別会ではクラスTシャツみたいな集合写真のついたモノを渡しちゃう。送別会でみんな、

「ジムに行くような感覚で仕事に行ける」

「副部長は友達みたいでした」

と言って泣いていたんですけど、それじゃあだめじゃん。しょうたさんつっこんで、と言いたいところ。

 

ここにいる人はみんな、不遇の学生時代を過ごし、きっと今が一番自分を出せているんだろうなあという想像をふくらませてくれる痛々しい大人ばかり。27歳の小娘から見て

 「恰好悪い」「痛い」「ダサい」

 と、三拍子揃った大人なんです。

 

仲良く働くのとなれ合いで働くのは違う。良い年したおっちゃんおばちゃんが、中学生女子の連れションのようなつるみ方をしているのは、相当気持ち悪い。

 

社会人としての最低ラインを備えていない大人たちを見ていると「お前らよっぽどゆとりだぞ」と、10何年受けてきたセリフをバットでガンガン打ち返してやりたくなります。(余談ですが、副局長レベルにまでタメ語の30歳若造に「○○さんってゆとり?ゆとりだよね!!おれギリゆとりじゃな~い!!」って言われた時はまじで会社つぶれろと思いました)

 

 

今回は話があっちへこっちへだった感がありますが、大人になればなるほど学校生活や友人の大切さをヒシヒシとかみしめる機会は増えていきます。そのきっかけ自体は、会社で起こった嫌なこと、ムカつく上司、意地悪なお局だとかマイナスのことが引き金だと思います。でも今後降りかかる数々のマイナスに対抗していくために、学生時代は存在するといっても過言ではないと思います。

 

いずれ世に出ていく若い方たちにはダサい大人にならないためにも今こそ自意識過剰になって、そのキラキラした毎日を満喫してほしい、と願うばかりです。

[SNS]でもキャリーってインスタとかしなそう

先日の『承認欲求の高すぎるインスタ女』の続きのお話になってしまいますが、セックスアンドザシティのキャリーってSNSとかしなそうじゃないですか?

 
なぜ突然セックスアンドザシティか、というと、私が散々皮肉っているインスタ女のなかには
「キャリーみたいになりたい」
「キャリーみたいに〇〇しました」
という類のコメントをよく見るから。
 
かくいう私もセックスアンドザシティ大好きで何回も見ています。でもキャリー達ってインスタとかしなそう…
 
キャリーなんてなかなかスマホに変えてなかったし。
ミランダは私的な思考に陥ってやらなそう。
サマンサも、それこそ彼女の承認欲求は違うところにあるし。
シャーロットはこの四人の中なら1番する可能性があるかな…。
 
 

キャリーたちの「おしゃれ」とは

 
インスタ女は彼女達の生活に憧れを持ちます。
彼女達の生活がカスタマイズエブリデイされているようにみえるのでしょうか。
 
キャリー達は、確かにしゃれおつな生活をしているようにみえるし、実際してると思います。(ドラマだからそもそもカスタマイズじゃん、というのはおいといて)
でも、彼女達のおしゃれっぷりは最初から最後まで、すべて自分自身のために貫かれている。その「自分自身のため」というのは、パートナーや夫、家族、親友たちに認めてほしいということを含めて。決して、誰も彼もから認めてほしいわけじゃないし、自分と、そして心から信頼できる相手のために行動しているのだと感じます。
 
一見男を取っ替え引っ替えし、フリーセックス万歳風なドラマなのかと思いがちですが、そんなことない。
変にモヤモヤしたり、不快な気分にならずに、さっぱりすっきり見ることが出来ます。私は疲れた時とか嫌なことがあった時に見たくなります。彼女たちのように、自分自身のためのおしゃれを追求できたら素敵なことだと。

[SNS]承認欲求の高すぎるインスタ女

私はとっても皮肉屋です。

 
テレビの芸能ニュースやバラエティを見ていると、芸能人や今のテレビ界に対し年寄りのようにブツブツと文句を言いつづけ、ひいてはこの世のダメ出しに発展する小面倒なヤツです。
一方で旦那は真逆の性格なので、黙って聞いていますが…笑
 
そんな私が最近もっとも皮肉っていること。それは、
 
『承認欲求の高すぎるインスタ女』
 
…まあいいと思うんです。
物事を斜めに捉えたりせずに、素直に自分の楽しかったことを可愛くアップしてキャッキャしてる方が、人から見ても楽しそうだし、何より自分が楽しいだろうから。
 
でも、本当に楽しくやってる人ってわざわざインスタとかにどハマりしないと思うんです。少なくとも私の身の回りはそう。だって、その瞬間を楽しんでいれば、それで心は満たされているし、思い出に残そうとおもって写真を撮ったとしても、ちゃんと自分のスマホに収まってれば十分。
 
かといって、私もインスタを全くやらないわけではなく、そこそこ使っています。ですから、インスタそのものを否定しているわけではありません。
 
 

タグ1万個とスカスカの余白とポエマー達

 

私が???と思うのは、タグ付けを一万個くらいつらねる女、あるいは余白使いまくりのポエマー女のこと。(こういうのって圧倒的に女性が多いですよね)
特にポエマー女。恥ずかしくないんだあって思います、ただただ。。そんな心の内を世界に発信できるほど、いつからアメリカンスタイルな国になったのでしょう…ゆとり世代でもついていけません。
 
それにあれだけ凝った自撮りをし、加工し、タグやらポエムやらでその写真一枚を飾るのって、SNSを通して人と繋がりたいというより、
 
「私を見て‼︎‼︎」
 
という個人的な承認欲求が前面に出てますよね。美味しかった食べ物を見せたい、綺麗な景色を見せたい、であればインスタの特徴として理解できるんですが、そうじゃない。
本当に周囲の人との関係性に安心感のある真のリア充ってそんなに自分を押し出さないのでは…
 
 

カスタマイズエブリデイ

 
らいふぷらんなんちゃら、みたいな最近の職業をしている村上萌さんという方が発した言葉らしいです。
この言葉を聞いたときはぞわっとしました。日常を楽しむということであれば精神として素敵なことだと思うんですけど、結局カスタマイズしちゃってるんじゃん。それってインスタありきのエブリデイなんじゃん?と…
 
これぞ!皮肉屋の受け取り方なんでしょうが、、
でもやっぱり!
閉じたままでアップルマークが見える状態のMacと飲む前のスタバと、手帳や本を置いて「捗る〜」とか書いてる人ととはそんなに打ち解けられない気がしてしまいます。
 

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デジタルネイティヴ世代の現代女性の特徴なのか、はたまた女性意識の中に潜在的に存在したものが新たなツールによって拡散したのか。それが、とある特徴のある女性達にうまくハマり、現状が出来上がっているのか。。今後も皮肉屋なりにSNSの変遷を見つめていきたいです。