ゆとり主婦のタワゴト

日々思うこと、頭の中のこと、ひっそりと自己主張。

『ナイルパーチの女子会』から考えること

柚木麻子の著書、『ナイルパーチの女子会』は女性なら誰もが、次!次は⁈と前のめりで読み進めてしまうものだ。

 

とても面白かったので、柚木さんのインタビューを検索したところ「『本屋さんのダイアナ』の選考時は、高校時代の付き合いを引きずっているなんて話が幼すぎる」と言われたそうだ。自分は幼かったのかと気づいた、と。

 

私は学区外の小中学校に通ったし、大学からは都内にも出て、周りの友人にもそういう子が多かった。それでも、私含め、高校時代どころか、小学校時代の友人関係が現在にも影響している人は沢山いる。

 

思春期の女子にありがちな、仲間外れが毎日のように変わること。当時明らかにいじめた側といじめられた側の構図があったこと。

それを水に流して普通の関係に戻ることが大人になることだと思う。だが「普通」を越して「仲良く」しているのを見ると、彼女達にプライドやこだわりは無いのかと感じる。

いじめた側は、当時の自分のした事や心境を認めたのだろうか。いじめられた側は、大人になって周りにも交友関係が広がり、そこに固執しなくても十分快適にしているのに、なぜいまだ機嫌を伺うのか。

 

私は地元が好きだし、友人や母校が誇りだ。地方都市だが、決して交友関係の狭いど田舎などでは無い。

なのになぜ、進学で地元を離れたり、就職したり、結婚したり、外の世界を沢山見てきたのに、彼女たちはいまだ昔の関係性に媚びるのか。

昔から続いてるものと今を大切にするだけで良いはずなのに、なぜ大昔に何度もほころんだものを、様子を見ながら再構築を試みるのか。私も何年も一緒に居たから、そこの間にあったのは友情とは違ったことくらいわかる。10年以上越しに、互いにご機嫌伺いを続けるほど大切なものはあったように思えない。

 

今の時代は、SNSなども相まって「過去」がずっと追いかけてくる。子供の時の女子の友情が、社会人や主婦となった『アラサー「女子」』にまで追っかけてくる。

私は、『本屋さんのダイアナ』も凄く好きだ。『ナイルパーチの女子会』以上に感銘を受けた。なぜなら私もとても幼いから。

「あなたたちにプライドはないの?まだそんなことに時間を費やしてるの?」なんて冷静に見ているようで、そういうものにヤキモキするということは、私自身幼いのだ。

 

地元大好き、同級生大好き人間であっても、地元を離れて結婚してよかったと思う。地元の規模の中で、日常生活を送っていたら、今の時代どうやったってかつての友人たちの情報は耳に入ってくるのだ。

それは、一定数に限られないのが現代。こちらが能動的にならずとも、不特定多数の昔の関係が迫ってくる。それを全く気にせず、二十代後半のいち女性として暮らしていけるほどの節度が自分にないことくらいわかる。こんなに離れていたって、瞬間、制服を着ていた頃の感覚に戻されるのだから。

 

女は友情に固執し、妄想し、しがみつき続ける。多ければ多いほうがいい、くらいに思っている。一方で「女友達が少ない」という台詞も、「女友達が多い」と同じくらいの自意識を持って発している。

今を生きる私たちは、母親世代に比べると間違いなく幼いし、年齢にそぐわずとも「女子」のまま大人なのだ。だから、柚木作品は共感され続けるのだろう。同時代を生きる女性特有の感覚だ。

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